こんにちは、アマチュア読者です!
今回ご紹介するのは、ツルゲーネフ『ハムレットとドン キホーテ』です。
本書が絶版であるのが大変残念なのですが、中古品はこちらリンクから購入できるようです。
ツルゲーネフは代表作『初恋』で知られる19世紀のロシア文学を代表する文豪です。
彼は文学論も数多く執筆していますが、まとまった作品は少なく、その1つが1860年におこなった講演をもとにした論文である『ハムレットとドン キホーテ』です。
シェイクスピアの悲劇『ハムレット』の初版と、セルバンテスの『ドン・キホーテ』の第1部とは17世紀の初頭にまったく同じ年に世に出ました。
著者のツルゲーネフは、この2つの作品の主人公であるハムレットとドン・キホーテを比較し、人間における2つのタイプの特質を見出します。
本書は『ハムレット』と『ドン・キホーテ』を読んだことのある人はもちろん、まだ読んだことのない人にとっても、文学作品の登場人物の内面を深く掘り下げて考えるとはどういうことなのかを感じられる名作です。
ドン・キホーテ論
ツルゲーネフの解釈するドン・キホーテは、理想に対する献身に貫かれています。
その理想のためにはありとあらゆる窮乏に身をさらし、生命を犠牲にする覚悟があります。
自分自身の生命にも、それが理想の具現、地上における真理や正義の実現に対する手段となる程度しか価値を認めません。
自分自身のために生活し、自分の事ばかり気に掛けることを、ドン・キホーテは恥とみなします。
ドン・キホーテは、自分の外に、他の人々のために、自分の兄弟たちのために、悪の絶滅のために、人類に有害な魔法使いや巨人などの諸々の力に対する反抗のために生きています。
心のなかにはエゴイズムの痕跡すらなく、自分のことを気に掛けない自己犠牲の塊です。
この人は左顧右眄することなく、強く信じているからこそ、恐れを知らず、我慢強く、極めて粗末な食べ物や極めて貧しい著物に満足できるだと著者は語っています。
自分の仕事は何であるか、何のために地上に生きているかということを知っているからこそ、多く知ることを必要としないのだというドン・キホーテ論には冒頭から引き込まれます。
ハムレット論
一方で、ハムレットは何よりも先ず分析とエゴイズムを表していると著者は語ります。
何よりも自分自身のために生きているのですから、エゴイストです。
しかし自分自身を信ずることはエゴイストでさえできません。
全世界のうちに精神をもって頼ることのできるものは何も見いだせないからです。
ハムレットは懐疑家であり、いつも不機嫌に自分自身を問題にしています。
絶えずかかずらわっているのは自分の義務にではなく、自分の境遇に対してです。
何もかも疑っているのですから、ハムレットはもちろん自分自身をも容赦しません。
その悟性は、自分のうちに見出すもので満足するために極度に発達しています。
自分の弱みを意識していますが、あらゆる自己意識は強みでもあります。
ハムレットは快感をもって大袈裟に自分を非難し、絶えず自分を観察し、いつも自分の内部を眺め、自分のあらゆる欠点を知悉し、自分自身を軽蔑しています。
しかも同時に、この軽蔑によって生活し養われているともいえます。
自分自身を信じませんが、虚栄心は強いのです。
何を欲し何のために生きているのか知らずにいながら、生命には執着しています。
ハムレットとドン・キホーテ
ハムレットは王位の簒奪者となる親身の弟に殺された王の子です。
父親は墓場から出てきてハムレットに自分の仇を討ってくれと頼みますが、ハムレットは決心がつかず、自分自身を欺き自信を辱めてよろこび、とうとう偶然に自分の継父を殺すことになります。
ところがドン・キホーテという貧しくほとんど乞食に近い人物は、あらゆる財産も身寄りも持たず、年も取り孤独であるのに、全地球上の悪を正し、自分には縁もゆかりもない迫害されている人々を庇護することを身に引き受けています。
ドンキ・ホーテは風車を巨人と見間違えて突進したり、田舎者の婦人ドゥルシネアを悪い魔法使いのために姿を変えられてしまった王妃と思い込んで崇拝し続けたりと、笑ってしまうシーンに事欠きませんが、ツルゲーネフはその内側に隠された思想を見逃してはならないと語ります。
ハムレットには何もかもを見抜く抜け目のない懐疑的な悟性を以て、ドン・キホーテのように風車小屋とは戦わないだろうし、巨人の存在を信じることもない。
たとえ巨人が本当に存在しているとしても、ハムレットはこれを攻撃しないだろうと著者は語ります。
たとえ真実そのものがその目の前に具現されたとしても、ハムレットはそれを真実だと保証する決心はつかないはずだと考えるのです。
すべては自分の内側にあると考えるハムレットと、すべては自分の外側にあると考えるドン・キホーテの人物像は、極端な例として人間を2種類に分けてしまうほど強烈です。
ツルゲーネフは『ハムレットとドン キホーテ』の最後に、シェイクスピアとセルバンテスの人物像も対比させています。
1616年の同時期に亡くなった文学界の2つの巨星について、ツルゲーネフが語る論考は一読の価値があります。
おわりに
今回は、ツルゲーネフ『ハムレットとドン キホーテ』をご紹介しました。
小説や文学作品の登場人物を論じる本は数多く世に出ていますが、本作品のようにシェイクスピアとセルバンテスの傑作を平易な言葉で論じる著者の洞察力には驚きの連続です。
本書には『ハムレットとドン キホーテ』の他に、『ファウスト論』と『プーシュキン論』もおさめられています。
訳者の『ツルゲーネフの文学論について』という解説も読みごたえがあり、本書の内容を深く理解する手がかりになります。
この記事を書いている現在では絶版になっているのが寂しいかぎりですが、本当におすすめの作品です。
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