【好きなことで生きていく】田澤耕『カタルーニャ語 小さなことば 僕の人生』

自伝

こんにちは、アマチュア読者です!

今回ご紹介するのは、田澤耕『カタルーニャ語 小さなことば 僕の人生』です。

本書はカタルーニャ語を専門とする著者の歩んできた人生を振り返る一冊です。

著者は学生時代から必ずしも言語に親しんできたわけではなく、就職して銀行員となった後にカタルーニャ語と出会いました。

カタルーニャ語は、スペインの自治州であるカタルーニャ地方で使われる言語のことです。

大都市であるバルセロナでも使用されています。

著者は銀行員時代にスペインでの支店立ち上げのために現地でスペイン語を学びました。

語学学校でスペイン語を勉強する中で、聞き慣れない他の言語にも触れる機会がありました。

それがカタルーニャ語だったのです。

1936年からのスペイン内戦でフランコ政権が権力を掌握すると、スペインの公用語はスペイン語のみになり、カタルーニャ語の公共での使用を禁止されました。

学校教育でも、カタルーニャ語の授業は削除され、それまでカタルーニャ語を使用していた人々は、家庭内でカタルーニャ語を話す機会しか与えられませんでした。

当然の結果として、カタルーニャ語の識字率はスペイン国内で大幅に減少し、その傾向はフランコ政権が終焉する時期まで続きました。

著者はこの小さな言葉であるカタルーニャ語を専門にしようと志し、日本人のカタルーニャ専門家がいない中、独自でカタルーニャ語のプレゼンスを日本のみならず、スペインでも向上させました。

彼はカタルーニャ語で書かれた古典の名著を日本語に翻訳するだけではなく、日本の有名な文学作品をカタルーニャ語に自ら翻訳し、スペインで刊行することまで成し遂げたのです。

いまでは世界的に日本文学が浸透し、もちろん村上春樹作品の大ヒットの力が大きいものの、三島由紀夫や谷崎潤一郎、大江健三郎、川端康成など以前から人気のあった作家に加え、川上弘美などの現代作家も少しずつ翻訳されるようになっています。

しかし、カタルーニャでは、アメリカやイギリスはもちろん、フランスやドイツに比べても日本語教育が遅れており、日本語通訳や日本語翻訳の上級者の要請ができる体制はほとんど整っていないといいます。

著者は文学者ではないため、自分の文体のない人間が日本文学を翻訳することなどできるのだろうかと不安や葛藤があったと言いますが、文体がないという問題を解決するために、文体を持ったカタルーニャ人に協力してもらえば良いと言うアイディア思いつきました。

著者が原作をカタルーニャ語に訳す。

それをカタルーニャ語の小説として読むに耐える文にしてくれる人を見つける。

その人が書いたカタルーニャ語をもらい、著者が原文に十分に充実かどうかをチェックする。

こういった方法で、日本文学の名作をカタルーニャ後に翻訳していったといいます。

著者はカタルーニャ文学の傑作も翻訳しています。

たとえば、ジュアノット・マルトゥレイの『ティラン・ロ・ブラン』(1495年)です。

騎士道小説の嚆矢であり、セルバンテスに「この種のものでは世界一」と『ドン・キホーテ』の中で言わしめた名作です。

騎士道物語を読み過ぎて、頭の中がその世界に染まってしまったドン・キホーテにも多大な影響を与えました。

ペルーのノーベル賞作家バルガス・リョサをはじめ、『ティラン・ロ・ブラン』は世界中の著名人から称賛されています。

著者は、女流作家マルセー・ルドゥレダ『ダイヤモンド広場』(1962)も翻訳しています。

ストーリーは単純で、バルセロナが下町グラシア階に住む庶民の女性クルメタが恋をし、結婚し、子供をもうける。

しかし平和な日々はスペイン内戦勃発によって凄惨なものに一変するというものです。

著者いわく、この作品の素晴らしさは何よりも文体と語り口にあり、翻訳は容易ではないが「やりたい!これは絶対他の人に渡したくない!」という強い思いで翻訳に携わったといいます。

何としても読みたい一冊です。

本書では著者がカタルーニャ語に出会うまでの経緯や、スペインでの生活、結婚や子育て、人間関係について面白く読めることはもちろん、学ぶことも多い作品です。

銀行員としての経験がカタルーニャ語学者として生きていくための糧になったというのは驚きですが、何が役に立つかわからないからこそ日々勉強するのだと居住まいを正す思いに至る著者の自伝です。

ぜひ読んでみてください!

コメント

  1. らむたむ より:

    『ダイヤモンド広場』は素晴らしい小説でした。訳者の方の来歴は興味深いですね、自伝も面白そうです。
    『ティラン~』も読みたいのですが、さすがに…長いので…

    • amateur_r より:

      コメントありがとうございます!
      本書を読んで、『ダイヤモンド広場』は何としても読まなければ!と思っていたのでさらに弾みがつきました。
      『ティラン・ロ・ブラン』はかなりの長編ですよね。
      著者の歩んだ人生を追体験できるところは本書の醍醐味の一つです。
      文体から著者の人となりも伝わってきて、非常におもしろく読み通せました。

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