【個性はおのずと表れる】湯川秀樹『旅人』角川文庫

エッセイ

こんにちは、アマチュア読者です!

今回ご紹介するのは、日本初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹『旅人』です。

理論物理学者として、原子核の中にある陽子と中性子を結びつける役割を持つ中間子の存在を提唱しました。

その後、その中間子が実験で観測されたことでその考えが実証され、ノーベル物理学賞を授与されました。

本書は湯川秀樹本人が朝日新聞で連載していた記事を本にまとめたもので、著者が27歳で中間子のアイディアを論文として世に出すまでの半生が綴られています。

多くのエピソードが盛り込まれていることはもちろん、読みやすく簡潔な文体も相まって一気に読んでしまいました。

わたしは古本になっていた角川文庫のものを読みましたが、現在は角川ソフィア文庫におさめられているようです。

研究者の気質

幼いときの湯川少年は物事に熱中する性格で、積み木を与えられると1人でいつまでも遊んでいたそうです。

組み絵(パズルのようなもので、つなぎ合わせると1つの大きな絵になる)は何度も遊んでいるうちに図形と絵の関係を覚えてしまい、絵を裏返しにしても完成させることができたといいます。

研究気質の個性が子供の頃から発揮されていますね。

京都大学の教授で地質学者だった父親は、時間があれば地質調査のために全国を飛び回っていた活動的な性格だったようです。

それに比べると、著者は旅行に出かけるとしても、たいていはやむなく、という気持ちが強いと自己分析しています。

研究所や書斎で物を考えている方が、出歩くよりも楽しいと思える気質は理論物理学に合っていたのでしょう。

高校生までは数学が得意で、数学者の道も考えていたそうです。

しかし、教えたとおりに問題と解かないと点数がもらえない先生の評価方法に絶望してしまったそうです。

生徒の優秀さに関係なく、先生の教育に対する価値観や教え方が与える影響は計り知れないですね。

これが物理学を選ぶ契機になったというのですから、人生は何がきっかけで変わっていくのかわからないものです。

何よりも彼を喜ばせたのは、難しそうな問題が自分一人の力で解けたときで、何時間かかっても解けないような問題に出会うと、夢中になって取り組んでいたそうです。

夕食に呼ばれても声に気づかず、苦心惨憺(くしんさんたん)の末に問題を解くヒントがわかったときには生きがいを感じたと書かれています。

本の虫

著者は祖父から漢籍の素読を習ったことが大きな収穫をもたらしたと語っています。

その経験から、大人の書物を読みだすときに文字に対する抵抗はなかったといいます。

知らずしらず漢字に親しみ、その後の読書が容易になるのは素晴らしいですね。

湯川少年は好奇心が旺盛で、家の蔵書からさまざまなジャンルの本を読みあさっていたそうです。豊臣秀吉の生涯を描いた『太閤記』から始まり、国内外を問わず濫読していたといいます。

湯川少年が中学校までに読んでいた本や作家が本書に書かれていたのでまとめました。

  1. 日本作品、日本作家(順不同)
    • 里見八犬伝
    • 伊勢物語
    • 平家物語
    • 近松門左衛門
    • 井原西鶴
    • 源氏物語
    • 尾崎紅葉
    • 夏目漱石
    • 正宗白鳥
    • 西行
  2. 海外作品、海外作家(順不同)
    • 水滸伝
    • 三国志
    • アンデルセン童話
    • グリム童話
    • ツルゲーネフ
    • トルストイ
    • ドストエフスキーロマン・ロラン

現代では大人でも読んでいないものが多いですね。国内外を問わず古典的作品を好んでいたことがわかります。

これだけ読むと、文学に興味があって理系の学問には関係がないのでは?と思ってしまいます。

しかし湯川少年は非凡で、小学生のときに等差級数の総和を自分で考えついたといいます。

いまなら高校で学ぶ範囲なので、ちょっと信じられないレベルです。

小学校時代に生徒代表で京都大学に行き、心理テストを受けた結果、知能指数が大変高かったと書かれています。

当然のことですが、大変賢い少年だったんですね。

著者は少年時代の読書を、以下のように振り返っています。

考えて見れば、これこそ濫読である。が、少年時代の読書は、結局それでいいのではないか。少年の意欲は、それが固定されていないだけに、何ものに対しても敏感なのだ。間近くあるものは、なんでも自分のものにしてしまいたい。吸収するだけのものを、吸収する。それが次第に整理されて、その人の向かうべき方向に、次第にまとまって来る。こんな風にして、その人の中に人格とか個性とかいうものが確立されてくるのではなかろうか。

湯川秀樹の読書論として、子どもの教育にも関係する言葉ですね。

これは個人的な意見ですが、たとえ大人になっても自分の好きな本を好きなように読むことが、知識をもっとも吸収できるのではないでしょうか。

脳研究者の池谷裕二氏も著作のなかで、「記憶には好奇心が強く関わっている」と述べられています。

感覚的な話だけではなく科学的にも説得力がありそうですね。

おわりに

今回は湯川秀樹『旅人』をご紹介しました。

本書では、日本初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹の半生が順を追って綴られています。

彼の性格や少年時代の読書生活にまつわる数々のエピソードをつうじて、著者の人生を追体験することができます。

ぜひ読んでみてください。

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