こんにちは、アマチュア読者です!
今回ご紹介するのは、養老孟司『子どもが心配 人として大事な三つの力』です。
本書は現代における賢人である養老孟司氏が、都市化が進んだ日本の子どもが幸せになる教育について4人の識者と対談をし、その内容をまとめた作品です。
未来の宝である子どもたちが「生きていてよかった!」と思えるより良い社会にするには何が必要なのか、大人は何をしてあげられるのだろうかといったことを考えるきっかけになるアイディアが満載です。
子育て中の方や教育に従事されている先生、部下を持つビジネスパーソンなど、教育に関係するすべての方に読んでいただきたい一冊です。
「ケーキが切れない子ども」を変える教育とは
識者の1人目は、医療少年院で関わった非行少年たちの特徴や学力支援の問題点についての著書『ケーキの切れない非行少年たち』がベストセラーとなった宮口幸治氏です。
丸いケーキを3等分にした図を描けないという「見る力」の不足は、学校で気づかれないまま放置されてしまうと勉強についていけなくなり、非行化しない方がおかしい状況に子どもを置いてしまうことに衝撃を受けた読者は多かったのではないでしょうか。
宮口氏の見解では、「勉強についていけるか、ついていけないか」が非行化の分岐点になってしまうといいます。
勉強についていけなくなると学校がおもしろくなくなる。
学校をサボりがちになり、常にイライラした感情を抱えることになり、友達もできずに悪いことに手を出してしまうようになる。
この方向に進んでしまうと感情統制をおこなう力、融通を利かせる力、対人スキルが育つ機会が失われ、自己評価も歪んでしまうため、認知機能が弱い子や知的能力に問題があるとみなされる子に対しては学力支援が重要になるという話を読んで、深く納得しました。
これに対して、養老氏の「システム化」についての言及には目を開かされました。
この「システム化」というのは、「ああすればこうなる」と決めつけて、その原理に合わない存在や考え方を排除する力が働いている集合体を意味しています。
「ああすればこうなる」というのは、養老氏が考える都市や人工についての特徴です。
これに対して、自然や子どもは「頭で考えてもわからないことが残る」ものであり、都市化の観点から見ると異質に見えてしまいます。
上記のシステムからすると、認知機能に問題のある子どもは「ああすればこうなる」ものから外れたノイズとみなされ、精神科の医師が診察しても、どの診断基準にも当てはめることができずにノーカウントと判断されるという考えは非常に説得力があります。
宮口氏は認知機能に問題があることを重要視し、それを鍛えるための教材を探して世界中の文献を渉猟しましたが、教材が高額であるために現実的ではないと気づいたそうです。
そこで自ら認知機能を鍛える「コグトレ」という教材をつくりあげたといいます。
「コグトレ」は、英語の「Cognitive (認知)」と「Training (トレーニング)」の頭文字をとったものです。
少年院や障害者施設で生活している人を対象にして使われはじめ、いまでは学校の教材としても使われているといいます。
ほかにも子どもに向きあう際に意識すべきこと、子どものやる気を引き出すための要素についても興味深い考えが盛りだくさんです。
養老氏が解剖学の授業で学生に指導していたときに感じたことや、宮口氏の仕事に対するモチベーションが一気に上がった経験は読む価値があります。
日常の幸せを子どもに与えよ
識者の2人目は、小児科医の高橋孝雄氏です。
この対談は、情報を自ら取りに行くのではなく、二次的な情報の後追いに偏重してしまう人類の現状を危惧するところから始まります。
情報を収集するのではなく、処理する方向に人々が動いているために、農林水産業に従事されている方々が時代遅れだとみなされている傾向は、医療界においても当てはまるといいます。
AI(人工知能)やコンピュータサイエンスの技術が急速に発達するなかで、生身の人間である医者の役割は「五感を用いた情報化」だという高橋氏の考えには、他の業界にも通底する普遍性があるように感じられます。
小児科医は、子どもの声を傾聴して「違和感」にいち早く気づくことが大切で、そのためには彼ら彼女らから、あるいは親から本音を引き出すことが求められます。
何度も繰り返して、自分の手で生の情報を感じ取っていくことで、患者が訴える不調に病名が与えられていなくとも「何かがおかしい」という異変を察知できるようになるといいます。
それは簡単に身につくものではなく、相当な熱意と決意、経験が必要で、子どものふるまいや表情に絶えず目を配ることで「心の声」が聞こえてくるようになるそうです。
高橋氏は小児科医を37年続けてきたおかげで、この違和感が非常に直感的なものになってきたと語っています。
少子化についても話題に上がっています。
単に出生率がどれだけ下がったとか、海外諸国がどういう政策を採っているという論調に囚われるのではなく、社会がどこかおかしくなっているという視点から考えるべきだというのがお二人の見解です。
定量的に数字を分析して対策を練るというのが常識的な現代にあって、まず大事なのは「私たち国民全体で少子化に対する違和感や危機感を共有すること」で、現状の分析や具体策を議論するのはその次の話だという考えには思わずはっとさせられました。
そのほか、インターネットの過剰利用がはらむ弊害、将来が大切だという理由で幸福が先送りされていることなど、興味深いトピックについて語られています。
子どもの脳についてわかったこと
識者の3人目は、研究者の小泉英明氏です。
小泉氏は子供の頃から「測る」ことが大好きで、小学生のときに大型の望遠鏡を自作して惑星やその動きを観察し、ロケットを飛ばすこともされていたそうです。
中学生の頃には原爆実験のニュースを目にして、自分で放射性物質の測定装置(ガイガーカウンター)をつくって、原爆実験で飛んでくる微粒子の放射線強度を測定し、データを取りながら状況をチェックしていたといいます。
2011年の東日本大震災の際には、その後継機を押し入れから引っ張り出してきてデータ測定を行い、原発事故直後に出版された著書に生かしたというから驚きです。
これらのエピソードからわかるように、子どものころから様々なものを測り、測ることが事実や真実を知ることにつながり、測ると新しいことがわかりワクワクする体験を重ねて来られた方で、その情熱は相当なものだったに違いありません。
現在は、子どもの脳がどのように育まれていくかを未来に向かって観察する「コホート研究」に取り組まれているといいます。
コホートとは、古代ローマの歩兵隊の一単位を意味する言葉で、機能別に組織される軍隊とは異なり個人を尊重し、一人ひとりの行動や役割およびその結果を把握して未来に向かっていくという意義を持つのがコホート研究です。
これまでのコホート研究では、たとえば「かなり小さい乳幼児の時期に限っては褒めて育てるのがいい」ということがわかっているそうです。
年齢でいうと一、二歳までで、褒めて育てた群とそうでない群では、社会能力の指標に10%以上の差が生じたというデータの裏付けが取れているといいます。
日本のことわざに「三つ子の魂百まで」がありますが、同じような表現が世界中に存在し、少なく見積もっても50以上の国で伝えられているというのは幼少期の子育ての大切さを象徴しているように思えます。
身の回りの物や自然など、さまざまなものに手で触れることで、新しい動作ができるようになったり、いままでできなかったことが上手にできるようになったりしたときは心から褒めてあげる。
そうすることで、赤ちゃんは喜んでまた褒められたいと、学習への意欲をいっそう高めるのだということが科学的にもわかったのです。
しつけという大切な問題もありますが、まずはしつけよりも愛情と関わりが重要で、約600年前に世阿弥が残した『風姿花伝』にも、最初はこの世界に興味を持たせることから始まるということが書かれているそうです。
わたしも『風姿花伝』を何年か前に読んだことがあるのですが、このようなことが書いてあることに気づきませんでした。
また読み返してみたい古典の名著です。
小泉氏の見解では、まだ土台が築かれていないこの時期にお受験のために頑張らせるような教育を与えるのは感心しないとのこと。
基本的な神経回路が構築される時期に必要なのは、自然環境からの本物の刺激であり、情報が削ぎ落された人工物では基本的な神経回路が正しく形成されないためだといいます。
乳幼児期を過ぎても、正しく褒め育てることは一生にわたって大切なことで、考えてみると褒めるということにも様々なバリエーションがあります。
たとえばダメ出しが基本の職人芸では、親方が何も言わなかったら弟子が褒められたと感じる文化があります。
褒める側も相手に合わせてやり方を変えられるように勉強する必要がありますね。
最後に教育の最終目標について、「子どもたちが一生を通じてより良く生き、幸せになること」と語った小泉氏の言葉が印象的でした。
自分の頭で考える人を育てる
4人目の識者は、自由学園学園長の高橋和也氏です。
自由学園は、「資格重視、知識偏重の外面を整える“詰め込み教育”を廃し、生活そのものから学びつつ、子どもたちの心と体と魂が豊かに成長する教育を実現する」ことを願って創立されたといいます。
この方針は「思想しつつ 生活しつつ 祈りつつ」「生活即教育」という標語に表れています。
「自由学園」という名称は、新約聖書ヨハネによる福音書第八章三十二節の「真理はあなたたちを自由にする」という言葉に由来しているそうです。
その思想に違わず、生徒はみずから野菜を育て、自分たちの昼食を作り、後片付けもおこなっています。机や椅子も自分で制作しているといいます。
年齢に従って「できる範囲を広げていく」方針で、学校のルールづくりも学生に裁量が与えられているということに驚きます。
本書での対談では、自由学園の生徒たちの様子が多く紹介されているのですが、これを読んで「こういう教育が子どもを幸せにするのだろうな」と思う大人は多いのではないかと思います。
それを阻むのは、受験競争を勝ち抜いて偏差値の高い学校に入学させなければならないという、ある種の使命感や見えない圧力が働いているからかもしれません。
自由学園の入学式では、入学した生徒に対して学園長が「君たちは自由学園を良くするために入学してきたんだよ。そうすることがやがて自分の所属する社会を良くすること、世界を良くすることにつながるんだよ」という話をされるそうです。
教育の根底に「良い社会をつくる」という思想を据えながら、生徒たちも「良い社会とは何か」を考えるというのは、一般的な学校では掲げられない教育方針でしょう。
しかし、成果が出るまで長い時間がかかる子どもの教育を考えるうえで、この方針は素晴らしいと思います。
子どもが未来の社会をつくっていくのですから。
おわりに
今回は、養老孟司『子どもが心配 人として大事な三つの力』をご紹介しました。
4人の識者の知見はもちろん、養老氏の考える教育観に目から鱗が何度も落ちました。
サブタイトルの「三つの力」というのは、学びのための根本的な能力「認知機能」、「共感する力」、「自分の頭で考える人になる」ことを指しています。
本書を読むと、これらの力の大切さが伝わってくるとともに、対談によくある脱線話から思いもよらない素晴らしい言葉に出会えます。
ぜひ読んでみてください!
養老孟司がこれまで刊行した著書は200冊以上と膨大な数に上ります。
その中で本書を含め、実際に読んでおもしろかった本については以下の記事で紹介しています。
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