【新しい世界での歴史の見方】E.H.カー『新しい社会』

歴史

こんにちは、アマチュア読者です!

今回ご紹介するのは、E.H.カー新しい社会です。

著者はイギリスに生れ、20年にわたり外交官として活躍した後、大学で国際政治学を教えました。

歴史に対するその深い洞察は、執筆された多くの著作で知られています。

本書新しい社会は、1951年に出版された”The New Society”を翻訳したもので、著者がBBCで試みた連続講演の内容がまとめられています。

脅かされる民主主義

本書のタイトルである「新しい社会」社会主義社会のことを指します。

近代の民主主義は西ヨーロッパに成育し、世界各地に普及したもので、三つの重要な主張が根底にありました。

第一は、個人の良心が善悪を決定する究極の根源であるということ。

第二は、多くの個人の間には利害の根本的調和があって、この調和は平和な社会生活を営むに十分な強さを持っていること。

第三は、社会の名において行動せねばならぬ場合、諸個人間の合理的討論こそ、その行動を決定する上の最良の方法であること。

しかしながら、本書が出版された当時は、ジョン・ロック(1632-1704)が打ち立てたこの近代民主主義の伝統が脅かされていました。

大恐慌を頂点とする大量失業や第二次世界大戦などがその象徴として本書で取り上げられています。

大衆を効果的に動かすのは、讃美、嫉妬、憎悪のような非合理的感情であり、そのためには合理的議論よりも、目や耳に感情的に訴えるかあるいは単純な反復が最も有効であることが社会心理学の観点から明らかになっていました。

宣伝はマス・デモクラシーすなわち大衆民主主義にとって欠くことのできない機能を有するようになりました。

そこで政治組織は商業広告業者を真似て、商品を売りつけるのと同じ方法で、その幹部や候補者を選挙民に売りつけることを考えるに至ります(現代でも似たような状況かもしれません)。

つまり、国民の理性に訴えるのでなく、国民の軽信性に訴えることにしたのです。

こういった民主主義の実態として、政党が目的を達するために用いているのは、合理的手段ではなくて、非合理的手段であると著者は説いています。

現代の政治にも当てはまる部分がありますが、1951年に書かれた内容であることに驚きます。

新しい世界での新しい政治学

自分たちを過去の惨めな犠牲とみなす後ろ向きの見方は、現在の危機の最も深刻な徴候の一つであるとして、著者は19世紀にアメリカを訪れたフランスの貴族アレクシ・ド・トクヴィルが書いたアメリカのデモクラシーの序文を引用しています。

「新しい世界には、新しい政治学が必要である。

しかし、これこそ、私たちの忘れていることである。

奔流の中に押しやられながら、私たちが、既に立ち去った岸辺にまだ仄見える廃墟に眼を奪われているうちに、激流は私たちを押し流して、深淵へ叩き込もうとしているのである」

著者はこの言葉を、本書のもとになった連続講演のモットーにしています。

この講演を通じて著者は、私たちが漕ぎつけようとしている岸辺の予想よりも、むしろ、後にして来た廃墟の方に郷愁の眼を向けている人たちとの不断の戦いを続けなければならないと強く感じていたのです。

著者はこの郷愁の中でも油断のならぬものとして、知識人のいわゆる「中立」という口実を挙げています。

これは有名な象牙の塔というものであって、この塔の特徴は窓という窓が過去の廃墟の方にのみ開かれているのだという痛烈な批判をおこない、中立とか深入りしないと公言することは、トクヴィルが「新しい世界に必要」と見た「新しい政治学」を拒否するのと同じであると語っています。

1950年代のように政治システムそのものを置き換えようとする機運は高まってはいませんが、現代の政治にも当てはまる言葉のように思えます。

歴史は連続している

著者は、歴史を繰り返すものと見るのではなく、連続的なものと見ています。

「歴史は繰り返す」と語る人々にとって、歴史とは同じことが多少の変化を伴って異なった文脈に繰り返し現われるということになります。

このように考えるのは、科学から歴史を類推することと関係していると著者は言います。

科学では同じドラマの繰り返しであり、登場人物は過去の意識を持たない動物か無生物です。

しかし、歴史は事件の連続であって、それは絶えず前進して行き、二度と同じ場所へ戻ってこないというのが著者の主張です。

歴史と科学との類推や歴史の循環説は、いずれも、過去に対する人間の意識を無視するという根本的な誤りを含んでいるという考えは、「歴史は繰り返す」という言葉を盲目的に信じてしまっている私のような読者には目から鱗です。

おわりに

今回は国際政治学者であり、歴史家でもあるE.H.カー新しい社会をご紹介しました。

本書では他にも、現代人がもっている歴史意識について言及があり、自分というものを時代の流れから切り離せなくなっている歴史的な見方が語られています。

これまで歴史が担ってきた役割とその変遷、歴史における進歩の概念についても興味深い考えや名言が盛りだくさんです。

既存の政治システムが脅かされる状況下でも、著者の見る未来は明るく、読み終えると希望が持てます。

ぜひ読んでみてください!

E.H.カーは本書をはじめ、主著『歴史とは何か』など多くの著作を世に出しています。

実際に読んでおもしろかった作品はこちらの記事で紹介しているので、ご参考になさってください!

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