こんにちは、アマチュア読者です。
今回ご紹介するのは、ダニエル・リー『SS将校のアームチェア』です。
ダニエル・リー(Daniel Lee)は、第二次世界大戦やホロコーストにおけるフランスと北アフリカのユダヤ人の歴史を専門にしています。
本書では、著者が第三帝国(ドイツにおけるナチス支配体制の公式名称)で職務を果たしたナチスの一人がたどった人生を追います。
彼の名は、ローベルト・グリージンガー。
著者が彼に興味を持ったのは、ある機会に知ることになったアームチェアがきっかけでした。
そのアームチェアの座面に、一見してナチの文書とわかる書類の束が縫い付けてあったのです。
その書類から次々に生まれる疑問を解くために、著者の旅が始まります。
膨大な一次資料に読み込み、家族を含む関係者に度重なるインタビューをおこなうことはもちろん、下級官吏(かんり)が過ごした住居や職場、さらには彼のルーツをたどって祖父母の生まれ育った地に足を運ぶなど、七カ国をめぐる詳細な調査がもとに本書は執筆されました。
一つひとつの結果から、ローベルト・グリージンガーの人物像が徐々に明らかになっていきます。
その過程はまるで名探偵が事件の謎を解き明かしていくような、緊張感のあるプロセスです。
第二次世界大戦を研究するユダヤ人歴史家である著者は、戦争の感化と残虐行為によって深い傷を負った家族を持ち、本書の執筆にあたって数多くの葛藤に苛まれたことが行間から読みとれます。
特にグリージンガーと血縁関係にある家族へのインタビューでは、彼に関する事実を知らないことに対する苛立ちが書きぶりから伝わってきます。
戦後のドイツでは日本と同じように、戦争に深く関わった人々は集団的沈黙を守り、子供たちは親が第三帝国時代にどのような行動をとったのか聞き出すことができなかったといいます。
こういった世代間コミュニケーションの断絶は、特に敗戦国には顕著なのかもしれません。
本書を読む中で、戦時中のドイツの歴史に多くのページが割かれていますが、それぞれの事件について、そのとき日本で起きたことを考えました。
下級官吏が1930年代から40年代にかけてどのような経験をしたのかについては、現在でもほとんどわかっておらず、グリージンガーの人生を紐解くことは、当時ナチによる支配がなぜ可能だったかを理解する一助となるといいます。
有名な熱狂的支持者や殺人者たちは、彼らだけで存在していたわけではありません。
政府の運営を継続させ事務処理をこなし、政権の潜在的犠牲者に恐怖と暴力の脅威を植えつけていた無数の人々がいたはずです。
歴史的に名が知れ渡った人物ではなく、悪名高い組織の中で働いていた「普通のナチ」がどのような生活を送っていたのかを知ることで、歴史はより身近なものとなります。
ぜひ読んでみてください。
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