2020年から人類は新型コロナウイルスに直面し、どのように対処すべきか考えを巡らせている。
目に見えない未知の脅威に対して、われわれはこれまでの歴史の中で何をしてきたのか。
本書では、歴史は現代の人々の役に立つのかという視点で、感染症の歴史を日本に焦点を当てて論じている。
著者は『武士の家計簿』(新潮新書)などでお馴染みの磯田道史氏である。
メディアに引っ張りだこなのでご存じの方も多いであろう。
ウイルスのパンデミックとして新型コロナウイルスと比較されるのは、奈良時代の天然痘をはじめ、江戸時代のはしかやコレラなど多岐にわたる。
特に状況が似ている病気として、今から100年前に起きた「スペイン風邪」(新型インフルエンザ)が取り上げられている。
当時の世界人口は約18億人だが、少なくともその半数から3分の1が感染し、死亡率は地域によって10~20%にのぼり、世界人口の3~5%が死亡したと推定される。
全世界で5,000万人もの人々が命を落としたのである。
スペイン風邪の時期は第一次世界大戦と重なる。
この大戦での戦死者はおよそ1,000万人とされているが、それをはるかに上回る人々がウイルスによって亡くなっているのである。
著者の恩師である速水融(あきら)氏の『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店)によると、スペイン風邪は終息まで約2年かかり、そのあいだには3つの流行の波が押し寄せた。
第一波は1918年5月から7月まで、第二波は1918年10月から1919年5月頃まで、そして第三波は1919年12月から1920年5月頃までであったという。
新型コロナウイルスの場合も、スペイン風邪と類似した傾向で長期戦となる可能性が高いだろう。
感染症史といっても、病気の歴史や医療の歴史だけで網羅できるものではなく、経済や社会状況まで含んだ総合的な視点が必要である。
本書では、公式な書物だけではなく、当時の新聞記事や個人的な日記、文学作品を参照して、日本人がパンデミックにどのように対峙してきたのかが多角的にまとめられている。
志賀直哉や内田百閒、宮沢賢治、斎藤茂吉、永井荷風の作品や手紙も引用されており、文学好きな読者も興味がわく内容である。
感染症という大きな現象に遭遇したとき、政治的、経済的な対応はもちろん、個人が残したミクロな記録にも目を向けることで後遺症の恐ろしさや市民レベルの予防策など学べることが多い。
わたしたちは必ずしも信頼のおけない第三者の目で加工された二次情報、三次情報に日々さらされがちだ。
あとで振り返ってみると、信憑性がなく、事実とは異なる不正確な情報に一喜一憂していたことに気づく。
それでも溢れかえる情報に圧迫されて、わかっちゃいるけどやめられずに毎日コロナウイルスの感染者数に一喜一憂する。
本書のように、当時の一次情報や歴史を振り返って書かれた第一級の書物から得られた知見を、全方位的な観点で書かれた作品というのは、ものごとを見る視点を増やしてくれる。
どんな情報を信じるべきかを考えるきっかけになるのではないだろうか。
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