【都市と田舎】夏目漱石『草枕』岩波文庫

文学

冒頭の1ページで「これは読むしかない」と観念する本がときどきあります。

思わず引き込まれてしまう表現や文体が使われていたり、偶然興味を持っていたキーワードが散りばめられていると、本の世界に没入する体制が整いやすいですよね。

夏目漱石が執筆した『草枕』はまさしくその中の1冊でした。

俗世間を抜け出して田舎にやってきた主人公の画工が、山道を登りながら考えごとをしている最初のシーンを読むと、この物語の世界に入らずにはいられない気分にさせられます。

どんな言葉が画工の中で生まれているのかは、ぜひ本書を読んでみていただきたいと思います。

非人情の自然に囲まれてみたものの、そこには誰かが住んでいて、俗人的なやりとりは避けられないことに画工は不満を感じます。

自然の中では、気になることがあればどれだけ立ち止まっていても咎める人はいません。

一方で、人口の多い都市では長い時間立ち止まっていると不審者扱いされ、場合によっては通報されてしまうこともあるでしょう。

自然には人間が知らない隠された摂理があり、都市には人間が住みやすいように作られた法律をはじめとするルールがあります。

商売と芸術、都会と田舎、人工と自然。対立するような概念ですが、人間は両者のバランスをとりながら日々の生活を送っているのだと本書を読んで感じました。

どちらかに極端に偏りすぎると心身の均衡がくずれ、精神的に不調をきたすのが人間の性なのでしょう。

人類の歴史を振り返っても、余剰が出るほどの農産物が生産され、それを私有財産とする人々が登場した5,500年くらい前に都市が誕生したといわれています。

その前までは大集団の人間が一ヶ所に集まって生活を営む都市を必要とはせず、自然に囲まれて生きていました。

都市=人工と田舎=自然のバランスを考えなければならないのは当然のことなのかもしれません。

本書を読むと、画工の視点を通して漱石の芸術観や文明批評にふれることができます。

漱石がどのような本を読んできたのか、魅力を感じる作品は何かがわかるとともに、『草枕』のような文体を生み出すには幅広い教養が必要なのだと痛感します。

彼が読んできた書籍を読み込むことで、本書はより一層楽しめると思います。

折にふれて読み返す価値のある作品なので、みなさんの読書経験を振り返る意味でもぜひ読んでみてください。

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