こんにちは、アマチュア読者です!
今回は、名古屋大学出版会から刊行されている『ロシア原初年代記』をご紹介します。
本書は皇帝ニコライ一世の勅令によって編纂が開始された『ロシア年代記全集』の第一巻にあたります。
ロシアで最初に成立したキエフ国家について、その起源から書きはじめられた伝存する最古のロシア年代記です。
内容は戦記的なものから神話的要素を含んだものまで様々です。
古代ロシアの成り立ちを時系列に学べる第一級の文献であるだけではなく、おもしろく読みとおせる書きぶりなので、一般読者も引き込まれてしまいます。
日本でいうと古事記と日本書紀のあいだに位置するような作品になるでしょうか。
自国の歴史をあつかう場合、対外的な影響を考慮してうわべを繕った言葉で説かれることもあります。
しかし本書では、尊敬に値する高貴なふるまいも、目を覆いたくなるような残虐な仕打ちも書き記されており、中立な立場で歴史を描いている印象を受けます。
個性的な統治者たちにも目を奪われます。
たとえば、統治者イゴリの妻であるオリガは、夫を殺したドレヴリャネの国の人々に対して生き埋めや焼死行為、宴席での五千人斬殺といった報復をおこなっています。
これらには戦慄させられるものの、残酷な大公妃と言い切ってしまうのが憚られるほどの聡明さをオリガは持っていました。
キリスト教に関心を持ちコンスタンティノープルを訪れたオリガは、その美貌と知恵によって時の皇帝コンスタンティノス7世から求婚されます。
そこで彼女は「私に自分で洗礼し、私を娘と呼びながら、私をあなたがめとろうとするのはどうでしょうか。キリスト教徒の中にはそのような掟はありません。」と返し、皇帝に「私を見事に欺いたな、オリガよ」と言わせて多くの贈り物を受け取って故郷に帰るのです。
皇帝みずから自分を洗礼するようにお願いしたのはオリガなので、彼女がキリスト教に知悉していて仕組んだ罠だったことになります。
強烈なインパクトのあるエピソードで、読むと頭から離れなくなります。
オリガの息子のスヴャトスラフは異教徒のままでしたが、孫であるヴラジーミルはのちに改宗し、ロシア全土にキリスト教を普及させたと本書には書かれています。
キリスト教徒によって執筆されているため、旧約聖書や新約聖書が引用されることも多く、なじみのない方には読みづらいところがあるかもしれませんが、巻末の注釈がとても丁寧であり、内容を理解する手掛かりになります。
ロシアとウクライナの戦争に世界の注目が集まっていますが、紛争地域の歴史的バックグラウンドを理解すると、時々刻々と変わる動向を大局的に捉えられるようになります。
本書がその一助となることは間違いありません。
ぜひ手に取ってみてください!
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