こんにちは、アマチュア読者です!
今回ご紹介するのは、月本昭男『古代メソポタミアの神話と儀礼』です。
古代メソポタミアの人々は、生活を営む中で粘土書板に楔形文字を刻み、記録を残していました。
楔形文書のジャンルは、当時の人々が生きたほぼすべての領域をカバーしているといいます。
そのなかでも、宗教に関係する文書はおびただしい数にのぼり、神話や叙事詩、神々への賛歌や祈祷の類は数えきれないほどの量があります。
宗教儀礼を刻んだ文書は、国家的祭礼から私的領域で行われた治癒儀礼にまでおよび、王碑文や書簡には当時の神信仰が披瀝され、宗教儀礼への言及もなされています。
本書は、楔形文字文化を研究してきた著者が古代メソポタミアの宗教世界を明らかにすることを試みた作品で、「神話世界」「宗教儀礼」「文学と預言」の3部構成になっています。
『エヌマ・エリシュ』
第1部の「古代メソポタミアの神話世界」では世界と人間に関する数々の創世神話が紹介されていますが、アッカド語作品の『エヌマ・エリシュ』はもっともよく知られたバビロニアの創造神話です。
7つの粘土書板、全1053行からなり、成立は紀元前14世紀頃といわれています。
天地創造を果たすのはバビロンの都市神であり、バビロニアの国家神であったマルドゥクです。
のちのヘレニズム期の文書から明らかになるように、この物語はバビロンの新年祭において朗唱されており、冒頭の2語(「上で…のとき」の意味)から「エヌマ・エリシュ」と呼ばれています。
マルドゥクは女神ティアマトを撃破し、彼女の肢体を2つに切り裂き、それでもって天と地を創造し、天においては天体の秩序と時節を定め、地においては山川草木を造り上げます。さらにマルドゥクの反抗勢力の首謀神キング(Qingu)の血で人間を創造し、神々の仕事を人間に負わせます。
世界を創造したあと、マルドゥクは神々の王として讃えられ、天上の主権を確立します。
『アトラム・ハシース』
『アトラム・ハシース』も有名な創造神話です。
古バビロニア時代に成立し、アトラム・ハシース(最高の賢者)と呼ばれる人物が、知恵の神エアから「人類を滅ぼす大洪水が地上に起きるので、箱舟をつくって地上の生命を生きながらえさせよ」という指示を与えられ、それにしたがって人類と地上の生き物を救う物語です。
この神話は旧約聖書の『創世記』に影響を与えたと言われています。
『エヌマ・エリシュ』と同じく、重い労役を課されていた神々が楽をしようと、神の血と肉を粘土とこね合わせて人間を造った話が記されています。
こうして、人間は神々のために神殿を築き、運河を開き、食物を得るようになったのですが、人間の数があまりに増えすぎたために神々がその騒ぎに悩まされ、疾病や旱魃、洪水を起こして人間を地上から滅ぼそうとするのです。
いまから3000年以上前に創られた物語とは思えないほど、現代にも訴えかける内容です。
古代メソポタミアの創造神話においては、人間の存在理由は神々に仕え、神々に代わって労役に就くことにあり、この観念はシュメル時代に存在しており、灌漑農耕を生産基盤としたメソポタミアの都市社会が背景にあるといいます。
人間は決して神になりえなかったのです。
『ギルガメシュ叙事詩』
本書では他にも冥界をめぐる作品である『ギルガメシュ叙事詩』や『イナンナの冥界下り』など、おもしろい神話が数多く紹介されています。
『ギルガメシュ叙事詩』では、紀元前700年頃に『ギルガメシュ、エンキドゥ、冥界』の後半部分がアッカド語に翻訳されて叙事詩に加えられ、ギルガメシュとエンキドゥの問答から死者供養についての当時の理想をうかがい知ることができます。
本書の第3部「古代メソポタミアの文学と預言」の第1章「『ギルガメシュ叙事詩』の可能性」の冒頭において、『ギルガメシュ叙事詩』に対する著者の思い入れが伝わってくる箇所をご紹介します。
楔形文字で粘土板に刻まれた古代メソポタミア文学を代表する作品がアッカド語版『ギルガメシュ叙事詩』であることに、異論をさしはさむ人はないであろう。だが、この叙事詩の主題は何か、とあらためて問われれば、多くの人は即答しかねるにちがいない。もとより文学作品の主題は、魚の背骨のように、作品の中に埋め込まれているわけではない。その作品に触れた読者のなかに喚起される想念が言語化され、思想として語り出されてはじめて、主題が生まれるのである。その意味で、主題は作品と読者の間の対話を前提とする。『ギルガメシュ叙事詩』の場合も例外ではない。
この後に続く著者の『ギルガメシュ叙事詩』論は、死の不可避性と生の希求、ギルガメシュとエンキドゥのあいだに築かれる友情、太陽神信仰、そして生きるとはどういうことなのかが熱を込めて語られています。
こういった神話が、ただのフィクションではなく、バビロニアやアッシリアの王にとっては自らの権勢を強める後ろ盾となっていたことが第2部、第3部を読むことで明らかになります。
古代メソポタミアの神話を深く理解することは、その当時の為政者が何に価値を置き、人間という存在をどのように捉えていたのかを把握することに繋がります。
同時に、その為政者のもとで生活を送っていた人々の生活ぶりに思いを馳せることもできるのです。
おわりに
今回は、月本昭男『古代メソポタミアの神話と儀礼』をご紹介しました。
古代メソポタミアの神話の数々を楽しむことができるのはもちろん、その当時の人々の心の拠り所でもあった神話から学べることは数えきれないほどです。
この機会にぜひ手に取ってみてください!
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