【ノーベル経済学賞に輝いた教育論】ジェームズ・J・ヘックマン『幼児教育の経済学』

教育

こんにちは、アマチュア読者です!

今回ご紹介するのは、ジェームズ・J・ヘックマン『幼児教育の経済学』です。

本書は2020年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン教授が、幼児教育に対して自身の考えをわかりやすく語った作品です。

ヘックマン教授の専門は労働経済学です。
労働経済学の分野では、教育の投資効果に関する研究が、これまで多くの研究者によって行われてきました。

教育学者の教育に対するアプローチの仕方とは異なり、労働経済学者は教育を個人の所得や労働生産性を伸ばすための「投資」として捉えます。

どのような教育投資をすれば、効果的に所得や労働生産性を上げることができるかが、労働経済学者の関心事になるのです。

教育を経済と関連づけることに違和感を覚える方もいるかもしれませんが、人間にとって必要不可欠な教育を定量的に分析する試みは、社会に存在するさまざまな種類の格差を考えるうえで大切だと思います。

就学前の幼児教育

労働経済学を専門とする多くの研究者が興味を持っておこなってきたのが、若年失業者を対象とした職業訓練に対する教育投資の研究でした。

その結果わかってきたことは、失業者訓練は、教育にかけた公的なコストに比べて、得られる効果はそれほど大きなものではないというものだったのです。

平たくいえば、投資額に見合うだけの経済的利益がなく、費用対効果が悪いという結果が得られたといいます。

これに対して、就学前に時間とお金をかけて幼児教育をおこなうと、IQの上昇に大きな差は生まれないものの、ものごとに対する意欲や協調性、忍耐力といった非認知的スキルの発達に大きな差がつくことがヘックマン教授たちの研究によって明らかになりました。

著者は、一般的にペーパーテストで測定される学力を認知的スキル、それ以外に社会で働くのに必要な非認知的スキルと区別して考えています。

現代の社会では学力の成績が最重視される傾向がありますが、実際に働いて生活をしていく中では非認知スキルの高さも同様に大事だという見解には納得できる方が多いのではないでしょうか。

ヘックマン教授は、「就学前の幼児教育こそが、恵まれない環境に生まれた子どもと中流階級以上の子どもが大人になり、働くようになったときに生じる経済的格差を是正する有効な対策だ」と主張します。

最近では多くの文献が、遺伝子と環境との相互作用が人間や動物の発達を説明する中心部分だろうと主張しています。

つまり、遺伝だけでなく生まれた後に子どもが過ごす環境が、成長したあとに社会で活躍する資質に大きく影響する可能性が高いということです。

ヘックマン教授は幼少期の教育について、次のように語っています。

じつのところ、子供が成人後に成功するかどうかは幼少期の介入の質に大きく影響される。

スキルがスキルをもたらし、能力が将来の能力を育てるのだ。

幼少期に認知力や社会性や情動の各方面の能力を幅広く身につけることは、その後の学習をより効率的にし、それによって学習することがより簡単になり、継続しやすくなる。

著者の言葉を借りれば、就学後の教育の効率性を決めるのは、就学前の教育にあるということになります。

幅広い分野の専門家との議論

本書が秀逸なのは、パートIIとして著者の考えに対して各分野の専門家によるコメントが掲載されている点です。

名門大学の教育学法学、哲学、心理学などを専門とする教授や研究者、幼児教育機関の経営者などの反応が包み隠さず書かれているのです。

たとえば、認知スキルと非認知スキルは分けて考えるべきでなく、相互作用を含めて考える必要があることや、著者が引用した研究結果はサンプル数が少な過ぎるのではないか、といったことが提言されます。

辛辣なものを含む各専門家のコメントに対する著者の回答は、パートIIIで述べられています。

一人の著名な学者が展開する魅力的な論考を読むと、つい盲信してしまいそうになりますが、本書を読むと著者の見解に対して何人もの有識者が自説を述べ、読者もそれに対して考える時間を作ることができます。

教育に絶対的な正解はなく、これからもあっちへ行ったりこっちへ来たりと試行錯誤が繰り返されることでしょう。

しかし本書を読むと、教育について考え、行動することは、何らかの確かな見返りを期待するからではなく、やらなければならないことだからだと感じさせられます。

ぜひ読んでみてください!

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